東日本大震災を受けて、木下教授は自分に何ができるかを問いかけました。そして、これまで行っていた講演活動に次のような条件を課すことにしました。「自分の話を聞いてくれる若者が3人いれば、無料で講演を行うのはもちろん、交通費も自腹で日本全国に出掛けていこう」。木下教授は、海洋エネルギーを推進するためには、なにより日本人の意識を変えることが先決だと感じていたのです。「東日本大震災後に行われた最初の閣議の決定事項を覚えていますか。それは『東京電力は潰さない』というものでした。総理大臣が震災後真っ先に発する言葉は、被災者に対し“日本国はいつまでもあなたたちに寄り添います”というメッセージであるべきです。こんなことは、小学生でも分かることです。しかしこの総理大臣の発言に対する批判は一切ありませんでした。私は日本人の感覚は恐ろしくずれていると思います。あの大地震を経験した私たちは、一人一人がお金を超えた価値や文化について考える必要があります」。
海洋エネルギーで企業が利益を出すためには、20年という月日がかかります。しかし「それでも将来のために今を我慢して一緒にがんばっていきましょう」と、木下教授は講演先で理解を求め続けています。自分が信じることをコツコツと広めていく。木下教授はこうした活動を「托鉢ですよ」と笑います。「何かをやって自分が少し儲けても、その楽しさは大したことありません。その点、托鉢は苦しいぶん喜びも大きいものです」。
木下教授は海洋エネルギー研究の魅力をこう話します。「現在、利益を上げている業界で行われている“儲かり合戦”みたいなものは、私の肌に合っていないのだと思います。私の話を聞いて“誰も儲かってはいない、でも長い目で考えたらこれは必ず世のため、人のためになる”と瞬時に確信を持ってくださる方々はたくさんいます。そうした仲間と出会えることは一番嬉しいことです」。
こうしたことは漁業者との関係にもいえます。海洋エネルギーの研究を進めるためには、漁業者との交渉が大変重要になってきます。それは発電をするためには、漁業者が使っている海を使わせてもらう必要があるからです。木下教授は「漁業者の方々にも『今まで1の生産だったものを、これからは50の生産が出来るように一緒に考えましょう』と伝えています。ここ10年くらいこの活動をしていますが、交渉がうまくいかなかった漁業協同組合は1つだけ。あとはすべての方と同志になりました」と笑顔を見せます。
総理大臣がそうであるように、多くの高校生たちの感覚もおかしいと木下教授は疑問を呈します。「その端的なものは、学生たちが何の疑いもなく“自分は偏差値が高いから東大へ行かねばならない”というような考え方を持っていることです。例えば、医者という職業は偏差値が高い人がなるのではなく、患者に対して優しさを持って“いつもあなたのそばにいますよ”というメッセージを出せる人がなるべきものです」。大学を選ぶ基準は偏差値ではない—それは考えてみれば、当たり前のことのように思えます。
研究者にとって大切なことを「好奇心」と「優しさ」だと話す木下教授。「ほとんどの研究は多くの人に教わり、助けられて成功します。その基本は優しさです。優しい人はきっと成功します」。研究者に必要とされるものは、私たちにとっても大切なもののようです。