長崎は造船のまちです。明治以降、このまちは世界に誇るべき船を造り続けてきました。長崎が造船のまちとして発展してきたのは、優れた技術が継承されてきたからに他なりません。しかし今、その根底が揺らいでいます。現在、ベテランといわれる技術者の多くは60代。彼らが現役を引退した後、技術を引き継いでいくべき40代、50代の技術者の数が圧倒的に不足しているのです。熟練の技術者が活躍している今のうちに若手を育てる環境を整えることは、長崎の未来のためにも急務と言わざるを得ません。
 この問題を解決すべく立ち上がったのが松岡和彦准教授です。松岡先生が開発したベテランと若手をつなぐ画期的な教育シミュレーションシステムは、造船業界に新たな風を吹き込んでいます。
 松岡先生がまず紹介してくださったのは「溶接シミュレーター」。造船業において溶接は欠かせない技術です。しかしこれが習得するのも指導するのもなかなか難しいのです。それは一見きちんと溶接できているように見えても、見えない部分に欠陥がある場合があるからです。
 その問題を解決するのが「溶接シミュレーター」。大型画面に立体的に映し出された鉄板の接合部分にトーチ(溶接する機械)を近づけると、バチバチと音がなり、まさに溶接をしている感覚を体感することができます。これまでも2枚の鉄板を溶接するシミュレーターはありましたが、3Dを用いて立体的なT字型を溶接できるシミュレーターは、これが世界初です。
 このシミュレーターを開発するにあたり、松岡先生は県内の造船所で働く多くのベテラン技術者に協力してもらい、実際に腕を動かす角度やスピードなどを徹底的に調査したと言います。調査で分かった一番の収穫は、優秀な技術者はきちんと溶接できているかどうかを「音」で判断しているということでした。松岡先生はこの点に着目し、シミュレーターに反映しました。それにより画面にトーチを近づけた際、その距離が離れすぎていたり、角度が不安定になると音が変わり、体験者はその音で自分の動きがまずいことを知ることができるようになりました。
 このシミュレーターでは火花が散る様子も再現されており、溶接作業をリアルに体感できます。また腕を動かすスピードや角度など、項目ごとに点数が出るため、自分のどこが悪かったかがすぐに分かります。このようにゲーム感覚で基本動作が習得できるのも、このシミュレーターの魅力です。
 「溶接シミュレーター」は工業高校や職業訓練施設などの教育機関で注目を集めています。教室にこれが一台あれば、多くの人が安全に技術を習得でき、ランニングコストもかからないからです。実用化もすぐそこまできています。