私たちがものを見るとき、大きな役割を果たしているのが網膜です。外界の光が目に入ると、網膜が光を電気信号に変え、その情報が脳に伝わり、脳が光を映像として認識することで、私たちは“見えている”と感じています。ですから、もし網膜に疾患があれば、ものを見ることはできません。清山浩司先生は、そういう患者さんのために人工網膜をつくる研究に取り組んでいます。
 清山先生の研究テーマは集積回路。「分かりやすく言えば、デジカメの光を電気に変える画像センサーなどをコンピューター上で設計するといったことですね。私の場合は、同じセンサーでも医療機器の方面に重点をおいて研究を進めています。現在は網膜の疾患で視覚を失った人の視覚再生を目的とした東北大学を中心とする研究グループに集積回路設計の分野で参加しています。これがそのセンサーです」。
 先生が見せてくださったのは、驚くほど小さな部品。聞けば3ミリ四方だと言います。「こんなに小さくても、この集積回路は約1000の画素数をもっているんですよ。部品も10万個使われています」。 これだけ小さいのに高性能なのには、理由があります。人工網膜を眼球に埋め込むためには小型化する必要がありますが、小型化すると、センサーまで小さくしなければなりません。しかし先生たちの研究チームはこれまでにない、集積回路を立体化するという技術でこの問題をクリアしました。簡単にいえば、必要な部品を横に並べるのではなく、縦に重ねたのです。そうすることでセンサーの面積を広く保つことができ、1000という大きな画素数が可能になりました。  「人工網膜はアメリカでは認可が下り、現在30人くらいの人に埋め込まれています。しかしアメリカの人工網膜の画素数は60。これはそこに人がいる、モノがあるというのを認識できるレベルでしかありません。それでも視覚を失った人にとっては嬉しいことのようですが、私たちには1000画素の人工網膜をつくる技術があります。これからは、そのことを学会などで発表していきたいと考えています。日本ではIPS細胞で網膜をつくる技術も進められています。10年後くらいにはそれが実現するでしょう。私たちがつくる人工網膜がその間を埋める技術になればと思っています」。
 学生時代はバスケットに明け暮れていたという清山先生は、研究もスポーツと同じだと話します。「人工網膜の分野も私たちと大阪大学を中心とする2つのグループが異なるアプローチの仕方で、技術を競い合っている状況です。スポーツが毎日の練習を必要とするように、研究も毎日少しずつでも進めないとライバルに抜かれてしまいます。スポーツをする人がオリンピックで一等賞をとりたいと思うように、私も一生懸命研究をして学会で一等賞をとるのが夢です」。
 清山先生は研究者にとって大切なことを「自分を信じてやり続けること」だと言います。信念を持ってやり続けることで、先生は夢を現実にしようとしています。