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長崎平和文化研究所主催 「都市の記憶V 旧長崎警察署,江戸町の石垣,そして,ねこ」を開催

2019年05月20日

今回は,緑に囲まれた江戸町をそぞろ歩き。長崎という都市の記憶を新たにしながら,長崎の今と未来を考える企画でした。

普段は入ることのできない旧長崎警察署の内部を見学し,いわゆる岬の教会以降の建物を支えた県庁跡地の石垣を見,そして,ねこを江戸町に探す。ねこ? 人通りが少なくなって,江戸町からねこがほとんど姿を消しています,その状況から長崎の町のありかたを考えました。

 

 

物言わぬ建物や石やねこが,都市の記憶として,私たちの記憶装置として重要であると確認することになればと企画しました。旧長崎警察署の内部を見学しながら,長崎総合科学大学建築科の卒業設計で「旧長崎県庁第3別館のリノベーション及び旧長崎県庁舎跡地を活用した地域再生」を取り上げた田中千夢さんにお願いして旧長崎警察署を案内頂き,麹屋町で寺町の石垣を見ながら長年仕事をしておられる,のなか石材店の野中紀郎さんに旧長崎警察署階段の御影石や長崎の始まりとともに築かれたであろう江戸町の野面積みの石垣について,語らぬ石に語らせるのは難しいようですが,よろしくお願いし,今日の人の姿を映す,ねこ,について,江戸町の人通りの衰えとともに少なくなった,ねこを皆さんといっしょに探しながら,長崎の町ねこ調査隊塾塾長でいらっしゃる中島由美子さんにお話し頂きました。このそぞろ歩きが,旧長崎警察署ならびに石垣の保存につながればと思います。

当日,長崎平和文化研究所が積み上げてきた『平和文化研究』の論考(https://nias.repo.nii.ac.jp/)を配布しました。それらは,以下の点を示しています。

 

1.旧長崎警察署庁舎の保存が必要だと学問の立場から語るもの,

〇山田由香里「旧長崎警察署庁舎について」

〇李桓「被爆建造物をどう保存するか ~旧長崎警察署をめぐる課題~」

 

2.旧長崎警察署が被爆建造物であり保存する必要があること,

ところがこの建物は,広島の原爆ドームのようにいかにも原爆で無残な姿です,という状態ではないために軽視されてきました。逆に,使える姿で残っているもの,保存し活用することが,長崎の記憶装置としてこの建物に敬意を表すことだと考え,被爆を伝える展示はもちろん,さらに次の案を提案します。

 

3.公文書館としての活用

〇四條知恵「散逸する長崎の歴史史料 ~公文書館設立への提言~」

 

4.被爆建造物である旧長崎警察署に長崎の被爆を展示し,長崎原爆資料館の出先とするのは当然の考えです。それだけでなく旧長崎警察署は,原爆死亡者の検視をおこないましたし,ヤミ市取り締まりと警察署襲撃事件の場としての歴史を抱えています。長崎平和文化研究所では,半地下の部屋に高知だれた人の話を掘り起こしています。

この場所は,出島など長崎のそぞろ歩きの中心ですから,日本二十六聖人記念館など殉教者へと向かい,また宗派の異なる寺や仏具店が並ぶ寺町へ,さらに黒崎や出津,外海,雲仙,平戸,五島など県内各地の祈りの場への出発点として,死を悼む場として,祈りの長崎を体現した活かし方があると思います。

旧長崎警察署を歴史の記憶装置として保存する意味に関して:

〇新木武志「占領期長崎におけるヤミ市の形成と中国人・在日朝鮮人」

 

5.周辺の町で発掘される,古伊万里、波佐見焼、現川焼き,中国・東南アジアの焼き物や金属類ガラス製品など,長崎市内から県内へとそして世界へと広がる御朱印船時代の博物館が,長崎の記憶でしょう。

〇中嶋恒治「朱印船貿易博物館」

 

6.もちろん旧長崎警察署と旧県庁跡地は,いわゆる岬の教会の場所で,日本とキリスト教教会を結ぶ歴史,日本にとって大きな意味をもつ場です。県庁跡地に埋葬された18名のイエズス会会員を特定しているのが次の論考です。

〇デ・ルカ・レンゾ「長崎のイエズス会本部とその影響 ~そこで活動したイエズス会員を中心に~」

 

7.そのためには,長崎県庁跡地遺構の丁寧な発掘調査が必要です。建物にしてしまうと発掘の機会は失われます。旧県庁跡地と旧長崎警察署の建物を,長崎のアイデンティティを語る世界に向けた場として,都市の記憶の場として保存し活用することが望まれます。発掘に関して次の論考。

〇奥野正太郎「長崎原爆遺跡 ~被爆の継承における新たな地平~」

 

8.地元の声に耳を傾け,生活に活きることが保存と活用に不可欠です。

〇三瀬清一朗,「江戸町の現状」

 

長崎平和文化研究所がおこなう「旧長崎警察署,江戸町の石垣,そして,ねこ」は,長崎を形作った記憶を確かめ,人の通りが少なくなって減少している,ねこ,から現代を考えました。

結論は簡明だと思います。旧長崎警察署(旧県庁第3別館)の建物を保存し,その記憶を留め,活用を長崎県民の記憶装置として考えましょう。