次に松岡先生が紹介してくださったのは「塗装シミュレーター」です。塗装も溶接と同じで、目では同じように塗れているように見えても、均一に塗れているかを判断するのは非常に難しいものです。ベテランの技術者は「塗料を塗った場所に映る自分の姿が鏡のように見える瞬間があり、そのタイミングを目指す」のだそうです。しかしこれはあまりに感覚的な説明です。これでは若手が短期間で習得するのは難しいと考えた松岡先生は、技量が数値化できるように研究を進めました。ベテラン技術者のデータが組み込まれた「塗装シミュレーター」では、厚く塗りすぎた部分の画面は白色に、上手に塗れた部分は緑色になるなど、ひとめで自分の技量を確認することができます。
溶接シミュレーターと塗装シミュレーターについて、松岡先生はこう話します。「これまで造船の現場ではベテランの技術者が新人に説明をし、実際にやらせてみて、手取り足取り教える、ということが行われてきました。しかし優れた技術者だからといって分かりやすく教えられるかというと、そうとは限りませんし、その方法では要点が伝わらないことも多いのです。このシミュレーターの良いところは、自分の欠点が目に見えて分かるということです。どこが悪いのかピンポイントで表示されますから、ベテランと若手が共通認識をもって、次へ進むことができます。溶接も塗装も感覚的な要素が強く求められます。その場合、こういった機械を使った方がより早く一定のレベルの技術を身につけることができるのです。
このシミュレーターはベテランがいなくても訓練ができるというものではありません。ベテランがシミュレーターを使って若手に技術を教える、そういう姿を目指しているんです」。
本学の卒業生でもある松岡先生はこうも話します。「マンモス大学に行くと、理系でも卒業研究どころか実験レポートを書いて終わり……というような場合があります。しかし本学では4年生になれば1年を通して好きなことがじっくり研究できます。その点は大きな魅力です。それに学生の頃、私がよく教授の部屋を訪ねたように、今の学生たちも私の部屋を気軽にノックします。そういう関係の近さはこの大学の伝統のような気がしますね。
また専門性の高い大学なので、卒業後も同級生とつながりがあるのも嬉しいことのひとつです。昨年は船会社の監督を務めている同級生から声がかかり、学生たちを現場見学へ連れて行く機会に恵まれました」。
松岡先生は現在、新たな研究に着手しています。「今度、軍艦島のツアー船を新しくするんですよ」と嬉しそうな表情で教えてくださいました。松岡先生が考えているのはLED照明だけで船内の消費電力を抑えられないかということ。例えば、夏は照明を濃いブルーにすることで体感温度が下がり、室温を大幅に下げる必要がなくなるのではないか。そうすれば船内の消費電力は抑えられ、コスト削減につながる。しかも洗練されたデザインや照明は観光客に喜ばれるのではないか—。松岡先生はそんなことを考えています。
松岡先生の研究の出発点にはいつも「長崎の造船業を元気にしたい」という想いがあります。造船業が元気になることは、長崎の明るい未来を意味します。松岡先生の研究が長崎の造船業に降り注ぐ一筋の光であることは間違いなさそうです。